警備業を開業しよう 閑話休題 その1

新人警備員のお話。

警備職について一通り研修を終えた新人の警備員さん。現場業務に就いていたある日、重要施設の大規模警備を会社が受注したことを知りました。その警備は大きな施設を1日だけ、大量の警備員で警備することでした。会社の営業マンや遠くの営業所の警備員も動員される計画です。当然、新人警備員さんも動員されます。

警備計画の全体ブリーフィングが行われました。新人警備員さんも出席しています。初めての大規模警備です。説明の内容は難しく、ミスなくできるか不安です。配布の資料には当日の配置図や移動経路、そして「社外秘」の文字があります。新人警備員さんは緊張しました。自分の配置、連絡事項や監視エリア、定時報告時間を何度も確認しました。

ブリーフィングが終わった後に、先輩の警備員さんが休憩は無いんだなと、つぶやきました。新人警備員さんはそれを聞いて配置時間表を改めてみてみました。確かに休憩時間の表記はありません。新人警備員さんは、それが「休憩は随時」ということだと、後にしりました。昔の話です。現在では休憩のない配置は組むことができません。

警備実施の当日です。2月の冷たい雨が降っています。予報では一日中止むことはありません。最後のブリーフィングと点呼がとられて、各々が配置につきます。新人警備員さんの配置場所は、一番目人通りのない、建物の裏にある設備室の扉の前です。人の往来はなく、日陰で一層寒い場所です。そこに12時間立っていなければなりません。

厚着をして雨具を着て、長靴を履いていました。でも寒さはしんしんと体に伝わります。雨も時おり強くなります。どこからか冷たい雨水が浸透して体を伝います。

交代にくる人も案内する人もなく、只々、定時の無線連絡を入れる。そうして時間が過ぎていきます。足先は冷えて感覚がなくなり、時間が過ぎるのは遅く、変化といえばたまに配送業者のトラックが抜け道で通るだけです。昼を過ぎると空腹感が襲い、忍ばせた飴玉でそれを紛らわせます。

私は何のための警備員になったのだろうか。そう新人警備員さんは思いました。これから注目される職業。人を助けて称賛される職業。かっこいいといわれる職業。そう思って警備会社に就職しました。でも、新人警備員さんは寒さの中で立っているだけです。なんだか悲しくなってきます。あと何時間でこの仕事が終わるのだろうか。終わったら会社を辞めてしまおうか。いろいろな考えが頭を巡りますが、腕時計の針は一向に進みません。

お昼も大分過ぎたころ、無線で新人警備員さんは呼び出されました。休憩だそうです。ほどなく交代の警備員さんがやってきました。近くに停めた会社の車の中で、お弁当を食べました。とても冷たいお弁当でした。それでも空腹だったので良く噛んで食べました。お茶だけが温かくて、体の芯まで温まりました。新人警備員さんは後で知りましたが、お弁当の配布の時間が遅くなったり、未定の場合には食中毒を防止するために温めなおしたり、あったかいままの保管をしないのです。

交代の警備員さんは、まだ違いう配置場所に向かわなくてはなりません。新人警備員さんはべ終わったらすぐに配置に戻りました。

雨は相変わらず止むことなく、しんしんと体温を奪っていきます。何も変わらぬ景色を見ながら、定時の無線の回数を数えて時間を過ごししました。

ようやく任務終了の時間です。無線から「解除」の言葉が流れます。仮事務所に集合して点呼が終わりました。どうやら警備自体は異常なく終わったようです。心と体が疲れ果てたまま、隊長のねぎらいの言葉と総括がありました。新人警備員さんは上の空です。早く帰ってあったかいお風呂に入ろう。温かいご飯も食べたい。そんなことばかり考えていました。

最後に契約先の担当者から感謝の言葉がありました。「何もなかった。ありがとうございます。」

なにもないことに感謝される。不思議な思いでした。配置先の設備室はなにも起きなかった。設備室を狙った不審者はいなかったし、格闘して取り押さえもしなかった。すべての配置先がそうだった。何もなかった。

「解散」の言葉で税員が退出するします。そして出口で契約先からの差し入れの、あったかい缶コーヒーが配られました。新人警備員さんはいただいた缶コーヒーを手に、小雨の降る屋外に出ます。そして帰途につくために駐車場へ向かいます。車に乗った新人警備員さんは、いただいた缶コーヒーのおかげで手がかじかむことはありませんでした。

そして思うのです。この職業も悪くないと。

 

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